今日は昨日の冷たい風も幾分おさまって青空が広がる良い天気だった。 このところ平年並みと言うけど寒い日が続いている。 この気温なら歩くにはちょうど良いとばかり、少し遠くの里山まで約7km近くのウォーキングに出かけることにした。
街並みを抜け田圃の畦道を抜けて樹木の茂る山径を往く。
イヌシデの大きな樹を見上げると、ついこの前まで何も無かった梢は何時の間にかは黄緑に変わっていた。 望遠レンズで覗いてみるともう房状の花を付けている。
樹林を抜けてオオイヌノフグリやホトケノザ、ナズナ等の雑草が咲き乱れる北総台地の畑中を往くころには、すっかり体が暖まってしっとり汗が滲む。
やがて又入り組んだ谷津の田に下り山際の小径を往くと、 あちこちにフキノトウが顔を出していた。
この谷津田の奥の山際は、毎年楽しみにしているカタクリの自生地。 暖冬の今年はもう咲き出してるかも・・・と斜面を眺めながら往くと、
あの独特のカタクリの葉が目に入り、更に目を凝らすとあちこちに蕾も顔を出していた。 でも未だ咲いている花は見つからない。 今日は20日だからここのカタクリに関しては例年通りの開花になりそうだ。
又来週あたり見にこよう・・とそこを後にする。
谷津の入り組む上り下りの多いわが町はトレーニングには持って来い。 又坂を上って台地に出ると「ふー」と一息。 放置されたからし菜が花を付けている畑中の径を延々と歩く。
やがて行く手の畑がピンクに染まっているのが見えた。 一面ホトケノザが咲いているのだ! こんな情景が小躍りするほど大好きで、出会うと必ずシャッターを押している。
そろそろ歩き始めて2時間が経つ。 家路に着こうと近道の曲がりくねった農道に入って往くと、先日まで線路脇をピンク色に飾っていた川津桜の並木が既に若葉色になっているのが遠くに見えてびっくり。 季節が往くのはほんとに速い!と感嘆しながら歩いていると、
脇の農家の庭に赤花のミツマタが咲いているのが目に入った。 この辺りでは滅多にお目にかかれないこの花、思わず立ち止まってしばらく眺めさして頂いた。
2007年3月20日火曜日
2007年3月16日金曜日
赤味を帯びてきた桜の蕾
今日東京では遅い初雪が降ったといううすら寒い一日だった。 それでも夕刻になると薄日が射すようになって天気は回復傾向にあるようだ。
そんな風が冷たい夕方、運動不足解消のために普段は行かない1km先のスーパーまで買い物がてら今日もウォーキングすることにした。
屋並の外れのいつもの桜並木になっている用水路脇を行く。 桜の木の枝先には大きくなった蕾がたわわに付いていた。
そんな中に赤味を帯びた蕾発見、この分だと一週間位の間に咲き出すかもしれない!
国道を渡ってコンビニ脇の路地に入る。 その角の草むらに、群がるようにカラスノエンドウが生えていた。 見るともう既に花を付けている! この花が咲くのを心待ちにしていたのでことのほか嬉しかった。
人家の庭先にユキヤナギが咲いている。 昨日見たのに比べればみすぼらしいが、今日はマクロレンズを着けていたので又撮りたくなってシャッターを押していた。 大写しにしたのは初めてだが、こうして見ると結構可愛い。
スーパー近くの住宅街、未だ造成しただけの空き地がホトケノザのお花畑になっていた。 こんな所でも視点を変えると素晴らしい情景に出会えるものだ・・と嬉しくなる。
この空き地はこの他タネツケバナ、ハコベ、ペンペングサ等の春の雑草の天国のようだ。
ふと覗いたファインダーの中にオランダミミナグサの姿が入った。 こんなただの雑草だが、何か惹きつけられるものを感じてシャッターを押していた。
そんな風が冷たい夕方、運動不足解消のために普段は行かない1km先のスーパーまで買い物がてら今日もウォーキングすることにした。
屋並の外れのいつもの桜並木になっている用水路脇を行く。 桜の木の枝先には大きくなった蕾がたわわに付いていた。
そんな中に赤味を帯びた蕾発見、この分だと一週間位の間に咲き出すかもしれない!
国道を渡ってコンビニ脇の路地に入る。 その角の草むらに、群がるようにカラスノエンドウが生えていた。 見るともう既に花を付けている! この花が咲くのを心待ちにしていたのでことのほか嬉しかった。
人家の庭先にユキヤナギが咲いている。 昨日見たのに比べればみすぼらしいが、今日はマクロレンズを着けていたので又撮りたくなってシャッターを押していた。 大写しにしたのは初めてだが、こうして見ると結構可愛い。
スーパー近くの住宅街、未だ造成しただけの空き地がホトケノザのお花畑になっていた。 こんな所でも視点を変えると素晴らしい情景に出会えるものだ・・と嬉しくなる。
この空き地はこの他タネツケバナ、ハコベ、ペンペングサ等の春の雑草の天国のようだ。
ふと覗いたファインダーの中にオランダミミナグサの姿が入った。 こんなただの雑草だが、何か惹きつけられるものを感じてシャッターを押していた。
2007年3月15日木曜日
街中ウォーキング
今日は朝からすっきりしない天気、ぼんやりと雲に霞んだ太陽の光が寒々として頼りない。
このところの運動不足の為なのか、又右肩が痛み出した。 15年も前に五十肩の痛みをこらえながら通勤していた頃を思い出す痛みだ。 動かなきゃ駄目だ・・と思っていたら、「そこらを歩いてこよう」と奥方に誘われてついて行くことにした。
国道を横切り、旧成田街道沿いの路地に行く。 半月以上前に見かけたウグイスカグラの蕾がもう開いているだろうと思ったからである。
行ってみると予想通り、それもかなり咲き揃っている。
「鶯神楽」と漢字で書くこの潅木は別名「ウグイスノキ」とも言われ、4-5月に花が咲くと図鑑に載っている。 今年はほんとに早すぎる!
夕方になって車が多くなった旧街道を下ってゆく。 ふと道路脇の家の前に見事に咲き揃ったユギヤナギが目に入った。
小さく刈り込んだのはよく目にするが、これ程のびのびと枝を張ったのは久しぶり。古い屋並の間に空き地があった。 見るとそこにホトケノザがひと塊になって咲いていた。 荒れた空き地に咲く雑草もこうして見るとほっとする。
道路を下っていると屋並が切れた隙間に視界が開け、広大な印旛沼干拓田が広がっていた。 北と西の印旛沼を結ぶ中央水路、遥か彼方になんと筑波山までも見える!こんな曇り空と言うのに60km以上も彼方の山が見えるとはびっくり。
坂を下り終わり、路地に入って家路につく。
路地の奥にある昔は醤油の醸造元だったという大きな家の庭にサルスベリの巨樹が立っている。 あまりに大き過ぎて全体像を見ることが出来る場所が無いので、これまでこの樹が花を付けた姿を撮ったことが無い。
路地から覗いて見ると、この樹の大きさに改めて圧倒されてしまう感じだ。 ほんとに凄い!
このところの運動不足の為なのか、又右肩が痛み出した。 15年も前に五十肩の痛みをこらえながら通勤していた頃を思い出す痛みだ。 動かなきゃ駄目だ・・と思っていたら、「そこらを歩いてこよう」と奥方に誘われてついて行くことにした。
国道を横切り、旧成田街道沿いの路地に行く。 半月以上前に見かけたウグイスカグラの蕾がもう開いているだろうと思ったからである。
行ってみると予想通り、それもかなり咲き揃っている。
「鶯神楽」と漢字で書くこの潅木は別名「ウグイスノキ」とも言われ、4-5月に花が咲くと図鑑に載っている。 今年はほんとに早すぎる!
夕方になって車が多くなった旧街道を下ってゆく。 ふと道路脇の家の前に見事に咲き揃ったユギヤナギが目に入った。
小さく刈り込んだのはよく目にするが、これ程のびのびと枝を張ったのは久しぶり。古い屋並の間に空き地があった。 見るとそこにホトケノザがひと塊になって咲いていた。 荒れた空き地に咲く雑草もこうして見るとほっとする。
道路を下っていると屋並が切れた隙間に視界が開け、広大な印旛沼干拓田が広がっていた。 北と西の印旛沼を結ぶ中央水路、遥か彼方になんと筑波山までも見える!こんな曇り空と言うのに60km以上も彼方の山が見えるとはびっくり。
坂を下り終わり、路地に入って家路につく。
路地の奥にある昔は醤油の醸造元だったという大きな家の庭にサルスベリの巨樹が立っている。 あまりに大き過ぎて全体像を見ることが出来る場所が無いので、これまでこの樹が花を付けた姿を撮ったことが無い。
路地から覗いて見ると、この樹の大きさに改めて圧倒されてしまう感じだ。 ほんとに凄い!
2007年3月13日火曜日
カタクリが咲き出した!
今頃になって日本海側は大雪との天気予報。 ほんとに今年はどうなってんの!・・と言いたい位だが、こちらは今日も朝から良い天気。 こんな日は池の縁の河津桜が見ごろになって綺麗だろうから見に行こう・・と一家で川村美術館に行くことにした。
着いてみると駐車場にはバスや自家用車が結構入っている。
坂を下ってこの前来た時ユキワリソウが咲き始めていた林の中に入ると、もう既にあちこちに今を盛りと咲いていた。
そういえば「ここは何処よりも早くカタクリが咲き始めるのだった」と思い出し、林の中に目を凝らすとやっぱり咲いていた。
早咲きのここのカタクリは他で見るのと違って葉の模様があまり無い。 多少品種が異なるのかもしれないようだ。
88歳の母の押す補助カートに合わせてゆっくりと遊歩道を行く。
傍らの斜面に眩しく光る花があった。 早々とキジムシロが陽に輝いていて咲いていて、まるで初夏のような雰囲気だ。
池の縁には予想通り河津桜が満開。 寒緋桜も並んで咲いていてなんとも絢爛豪華な雰囲気、毎年これを眺めるのが我が家の春の恒例行事となっている。
更に下ると、周囲が菜の花の黄色で縁取られたグランド脇に出る。
雑木林に沿った行く手の遊歩道の先にはハクモクレンの並木も見える。
そんな中に、満開の寒緋桜があった。 近くに行くと辺りが赤く染まったように見える。 見上げると何か白いものが目に入った。 よく見ると、隣の十月桜の伸びた枝先に花が付いていた。
着いてみると駐車場にはバスや自家用車が結構入っている。
坂を下ってこの前来た時ユキワリソウが咲き始めていた林の中に入ると、もう既にあちこちに今を盛りと咲いていた。
そういえば「ここは何処よりも早くカタクリが咲き始めるのだった」と思い出し、林の中に目を凝らすとやっぱり咲いていた。
早咲きのここのカタクリは他で見るのと違って葉の模様があまり無い。 多少品種が異なるのかもしれないようだ。
88歳の母の押す補助カートに合わせてゆっくりと遊歩道を行く。
傍らの斜面に眩しく光る花があった。 早々とキジムシロが陽に輝いていて咲いていて、まるで初夏のような雰囲気だ。
池の縁には予想通り河津桜が満開。 寒緋桜も並んで咲いていてなんとも絢爛豪華な雰囲気、毎年これを眺めるのが我が家の春の恒例行事となっている。
更に下ると、周囲が菜の花の黄色で縁取られたグランド脇に出る。
雑木林に沿った行く手の遊歩道の先にはハクモクレンの並木も見える。
そんな中に、満開の寒緋桜があった。 近くに行くと辺りが赤く染まったように見える。 見上げると何か白いものが目に入った。 よく見ると、隣の十月桜の伸びた枝先に花が付いていた。
2007年3月12日月曜日
懐かしの一眼レフ
久しぶりにしまってあった懐かしい古いカメラを取り出してみた。 「オリンパス ペンF」と「M-1」である。
中でも「オリンパス ペンF」は何度と無く山登りのお供をしてくれたお陰で、あちこちに岩にぶつけた傷跡があるのだが、未だちゃんと動くのだ。
「M-1」はというと、こちらは山へのお供が無かったので未だ外観は綺麗だ。 34年前、「オリンパスOMシリーズ」の最初に登場した一眼レフだが、ライカからのクレームで「M-1」と言う名は発売後間もなく「OM-1」と改名され、継子扱いにされたような気がして当惑した記憶がある。
思ひ出深い「ペンF」は、確か今から44年前、昭和38年に会社に入って間もない頃に購入した。
当時、趣味の山登りで出会う高山植物を、学生時代にアルバイトして購入したリコーのレンジファインダーカメラで撮っていたのだが、小さな花はどうしても満足に撮れない。 こんな時、一眼レフがあったらなあ・・・と思っても、当時の初任給は16,800円、とてもじゃないが「高嶺の花」で高級カメラを買える身分ではないと諦めていた。
そんな時、オリンパスが世界で最初の35mmハーフサイズの一眼レフを発売したのだ。 値段ははっきり覚えていないが、確か3ヶ月分くらいの給料と同じくらいだったような気がする。 このカタログを取り寄せて眺めているうちにどうしてもそれが欲しくなってしまった。
それでも直ぐに買えるほど貯金も無かった。 僅かな給料の中から懸命に貯金して、多分発売から1年位後にようやく手に入れた・・・と記憶している。
それ以降、貯金が溜まるたびに100mmの望遠レンズや露出計を買い足して、山登りにいつも持って行くようになっていた。
このカメラの傷の一つ一つが山の思ひ出とつながって、優しく撫でてあげたくなる。 当時使っていた外付けの露出計も出てきたのだが、使い方をすっかり忘れている。 錆付いて出てきた電池は今ではもう存在しないMR9という酸化銀ボタン電池。 何時だったかこの電池の代替品を探していたら「MR9アダプター」というのを見つけて買ってあったこと思い出し、装着してみると意外と針が動いたのだ。
たまたまISO400のフィルムがあったので装填して試し撮りを試みた。
露出計を見るが使い方を忘れて良く分からない。 見当をつけてシャッターを押してみると、カシャッ!と大きな音がして思わず「びくっ!」。 えっ、こんな音がしてたんか・・と感慨ひとしおだ。
それにしてもどうも露出設定が腑に落ちない。 目一杯絞って目一杯高速にしても追いつかないのだ。 たしかに明るい日向ではISO400だとかなり絞って高速シャッターになるとは思うのだが、デジカメの世界にどっぷり漬かっているせいか、「フィルムは直ぐ確認できないのが困る」・・等と思ってしまう。 ちなみにこのカメラ、最高シャッタースピードは1/500、レンズの最高絞りはf=16だから追いつかないのは当然かも知れない。 当時のフィルム感度はASA100以下が普通で一定以上明るい時はフィルターでの調節が当たり前だったのだろう。 それにしてもISO400は貴重だったから、暗い時はかなりぶれ易かっただろうなあ・・・と思う。
中でも「オリンパス ペンF」は何度と無く山登りのお供をしてくれたお陰で、あちこちに岩にぶつけた傷跡があるのだが、未だちゃんと動くのだ。
「M-1」はというと、こちらは山へのお供が無かったので未だ外観は綺麗だ。 34年前、「オリンパスOMシリーズ」の最初に登場した一眼レフだが、ライカからのクレームで「M-1」と言う名は発売後間もなく「OM-1」と改名され、継子扱いにされたような気がして当惑した記憶がある。
思ひ出深い「ペンF」は、確か今から44年前、昭和38年に会社に入って間もない頃に購入した。
当時、趣味の山登りで出会う高山植物を、学生時代にアルバイトして購入したリコーのレンジファインダーカメラで撮っていたのだが、小さな花はどうしても満足に撮れない。 こんな時、一眼レフがあったらなあ・・・と思っても、当時の初任給は16,800円、とてもじゃないが「高嶺の花」で高級カメラを買える身分ではないと諦めていた。
そんな時、オリンパスが世界で最初の35mmハーフサイズの一眼レフを発売したのだ。 値段ははっきり覚えていないが、確か3ヶ月分くらいの給料と同じくらいだったような気がする。 このカタログを取り寄せて眺めているうちにどうしてもそれが欲しくなってしまった。
それでも直ぐに買えるほど貯金も無かった。 僅かな給料の中から懸命に貯金して、多分発売から1年位後にようやく手に入れた・・・と記憶している。
それ以降、貯金が溜まるたびに100mmの望遠レンズや露出計を買い足して、山登りにいつも持って行くようになっていた。
このカメラの傷の一つ一つが山の思ひ出とつながって、優しく撫でてあげたくなる。 当時使っていた外付けの露出計も出てきたのだが、使い方をすっかり忘れている。 錆付いて出てきた電池は今ではもう存在しないMR9という酸化銀ボタン電池。 何時だったかこの電池の代替品を探していたら「MR9アダプター」というのを見つけて買ってあったこと思い出し、装着してみると意外と針が動いたのだ。
たまたまISO400のフィルムがあったので装填して試し撮りを試みた。
露出計を見るが使い方を忘れて良く分からない。 見当をつけてシャッターを押してみると、カシャッ!と大きな音がして思わず「びくっ!」。 えっ、こんな音がしてたんか・・と感慨ひとしおだ。
それにしてもどうも露出設定が腑に落ちない。 目一杯絞って目一杯高速にしても追いつかないのだ。 たしかに明るい日向ではISO400だとかなり絞って高速シャッターになるとは思うのだが、デジカメの世界にどっぷり漬かっているせいか、「フィルムは直ぐ確認できないのが困る」・・等と思ってしまう。 ちなみにこのカメラ、最高シャッタースピードは1/500、レンズの最高絞りはf=16だから追いつかないのは当然かも知れない。 当時のフィルム感度はASA100以下が普通で一定以上明るい時はフィルターでの調節が当たり前だったのだろう。 それにしてもISO400は貴重だったから、暗い時はかなりぶれ易かっただろうなあ・・・と思う。





